水の子

 海の真ん中の、小さな孤島の話です。
 そこにはふたりの男女だけが暮らし、そのふたりは夫婦でした。
そして女は双子を授かったのです。
でも、残ったのは男の子ひとり。
もうひとりの姿はどこにも見当たりません。
それは、もうひとりには姿が無かったからでした。

 その男の子が生まれた時、元気な泣き声が響き渡り、それは無事に元気の良い子が生まれた印でした。
その直後、何かどろりとした物が生まれてきました。
声も挙げず、ちゃんとした人の子の姿すらしておらず、まさしく液体だったのです。
 夫である男は、それを葉に包んで海に流しました。
その姿の無い子は海流に乗り遠くへ流され、妻である女には、「もう一人生まれたが、死んでしまっていたので海に流した」と言いました。
女は、とても悲しそうでした。
それでも、ひとり元気な子どもが生まれたので、すぐに気を取り直して赤ん坊の世話を喜んでするようになりました。

 男の子はすくすく育ち、何一つ病気もせずに成長してゆきました。
親の言う事を聞いたり、手伝いをしたりする、その様を見るのは夫婦にとってとてもうれしい事でした。
あの流してしまった子どもの事はすでに忘れ、毎日を楽しく過ごしています。
 でもある時、男の子は遠くの何かを見つめるようになりました。
特に男の女も気にしてはいませんでしたが、男の子が海辺で水平線の何も無い向こうを見ていたときです。
男の子だけを狙うような大きな局地的な大波が襲ってきたのです。
まだ小さな彼には抵抗する術はなく、たちまち飲み込まれてゆきました。
 男は船を出し、女は浅瀬を潜って探します。
でも、見つかりません。
何日かたちました。何日もたちました。もう、死んでしまっているのは明らかです。
ですが、自分たちの子どもを必死に探し続けます。
自分たちの子どもと言うより、別の何か大切なものを探すような気持ちで探し続けていました。

 男も女も疲れ果てていました。
朝。
死んでいたように眠っていたふたりは起き上がり、再び我が子を探そうとしていた時です。
 海に向かって、一人の子どもが座り込んでいたのです。
あの後姿。自分たちの子どもの男の子です。
いいえ。
その子は、女の子でした。
そして、一瞬男と女の方に目線を向け、まっすぐ海に歩いてゆき、そのまま海の中へ消えて行きました。
 ふたりは、はっと気づきます。
あの子も、自分たちの子どもだったんだ、と。
姿が人のものではなかったので海に捨ててしまい、それきりにしていた、あの子でした。
あの子が、自分たちの子どもをさらい、その後自分が成り代わろうとしていた。ふたりはそう直感しました。
それほど、今の女の子の風貌は自分たちの男の子と良く似ていたのです。
 次に、こうも思いました。
あの子も、ただ愛が欲しくてやってしまった、と。
でも、それはあの子へのものじゃないから、止めてしまったと。
 そうしてふたりは涙ながらに許しを請い、自分たちの子ども二人が戻ってくるのを願いました。
でも、男の子も女の子も戻っては来なかったのです。

 確かに、あの液体だった女の子は男の子と移り変わるつもりではありました。
しかしそれを止めたのは、そうするのが何か虚しくなったからでした。
これが自分の運命なのです。
 罪の無い自分の兄弟を、自らの手にかけてしまった事に罪悪感を感じていました。

 孤島には男と女がいます。
そして、またそこには新たに生まれた男の子がいます。
その子は何かに守られているかのように、どんな嵐の日でも遭難する事が無かったのでした。




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